読書日記 2025年

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原発とプルトニウム ★★★★☆ 常石敬一 PHPワイエンス・ワールド新書

20世紀前半における原子核物理学と量子力学の進展は、科学史の中でも特異な位置を占めている。
次から次へと新事実が発見され、実験と理論を両輪にして自然界への理解が深まっていく。そんな興奮に満ちた時代を生きた科学者たちは、羨ましくもある。あるいは、20世紀後半の、分子生物学の急速な進展に似ているかもしれない。
科学者を突き動かしたのは、純粋な好奇心だけだった。これらの発見は個人の手作りの実験装置でなされたから、まだ牧歌的な時代だった。

ウランに中性子をぶつければ、「超ウラン元素」ができるのではないか?核分裂という現象は、そんな科学者の好奇心から、偶然発見されたものだった。
自然界でもっとも重い元素が、偶然にも、核分裂が起きる元素でもあった。しかもそれは、ウランの中にわずか0.7%しか含まれていない。この比率がまた絶妙なのである。
自然界でウラン235だけが、熱中性子を吸収しただけで核構造が臨界的に不安定になるような条件を満たしているのだ。まるで、自然がちょっと悪戯をしたかのようである。

人類が原子核の構造を理解しつつあった時代が、戦争の時代でもあったことは、まことに皮肉だった。
もし、科学の進歩があと5年遅かったら──歴史に「もし」はないが──日本に原爆が落とされることもなかっただろう。

原爆を製造する上でもっとも大きな障壁は、ウラン238に対するウラン235の比率を高めること──ウラン濃縮──である。ウラン235とウラン238は化学的性質が全く同じである上に、質量の違いもごくわずか(1.2%程度)だからだ。
ウラン濃縮は理論的には難しくないが、莫大なカネと労力がかかる。だから、アメリカだけが成功することができた。
もし、天然のウラン235の比率が5%程度であれば、日本も戦争中に原爆の開発に成功していたはずだ。

スミソニアンの米国歴史博物館には、原爆開発時の資料が展示されているらしい。一度訪れたことはあるが、もう一度じっくりと見学してみたいものだ。

さて、本書では最後に、(やや蛇足ながら)日本政府の推進する「核燃料サイクル」について論じている。
日本政府は、2008年の時点で、32トンものプルトニウムを溜め込んでいるという。
目指すところは、再処理工場と高速増殖炉を稼働させ、核燃料サイクルを軌道に乗せることだ。しかし、これはどこの国も成功していない夢物語である。
原発の是非と核燃料サイクルの是非はまったく別の問題で、切り分けて論じなければならない。(25/05/30読了 25/06/12更新)

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